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怒涛の6日間 [管理人+家族のこと]

またまたお久しぶり~な日記です[たらーっ(汗)]

普段のんびりと過ごしている私。
先週の火曜日から昨日まで毎日外出って結構きつかった[バッド(下向き矢印)]


向こうにUPする内容ではないので、こっちに書いておくことに・・・

12日(火)
芽琉とうさん入院(病気ではなく計画的なものです)
9時半までに病院と言われたそうですが、
私は10時から歯医者の予約が入っていたので、
一人で行ってもらいました~(笑)
だって、私の予約は12月にとった予約だし、
一緒に行かなくても[決定]と言うことでしたから[exclamation]

で、まあこの日は歯医者の後、私は姉と毎週恒例の買い出し。
夕方病院へ行くつもりだったけど、
「来なくて大丈夫」とメールをもらったので病院には行ってないけど、
家電取り寄せていたものが届いたと言うから受け取りに[ダッシュ(走り出すさま)]

出掛けたついでにM姉ちゃんと夕飯食べようかと思ったけど、
お互いこれと言って行きたいお店が思い浮かばず・・・
コンビニ弁当を買うことになったけど、
結局コンビニも3軒はしごしちゃった[もうやだ~(悲しい顔)]
(だって~美味しそうなのがないんだもん。。。)


13日(水)
芽琉とうさん手術
(入院同様、命にかかわるようなことではないのでご心配なく)

手術も付き添い不要と言われたそうですが、
全身麻酔だし・・・
万が一ってこともあるから・・・
やっぱ行くでしょっ[exclamation×2]

予定では3時半から2時間+α。
開始は30分くらい遅れるかもと言われたけど、
一応3時までに病院へ・・・
って、この日は警報が出るほどの暴風雨[がく~(落胆した顔)]
病院は市外だし、初めて行くところだから電車利用。
M姉ちゃんが半休をとって一緒に行ってくれたけど、
傘(ビニール傘)が壊れた[バッド(下向き矢印)]

やっぱり手術は30分遅れで開始。
予定通り2時間で終わったけど、術後の処置やらで+1時間。
悪いけど、芽琉のことも気になるので、
病室に戻ってきてから顔を見てちょこっと言葉を交わしてさようなら[手(パー)]

壊れた傘では帰れないので、病院で傘を買ったけど・・・
行きよりも更に酷い暴風雨、病院を出て数分でまたも傘が壊れた[もうやだ~(悲しい顔)]

あ、そうそう、傘が壊れた場所って、
2月の大雪の日にY姉ちゃんがやっとタクシーを拾えた場所[目]
そして、病院の少し先は、3年前の震災の翌日に
会社の帰りに電車が止まってしまい
帰れなくなったY姉ちゃんを迎えに行った場所。
あの周辺って、自然災害と我が家に何か関わりがあるみたいね(苦笑)


14日(金)
Y姉ちゃんがお休みだったので、
私の姉も一緒に3人で病院へ。(この日は4時間くらいの外出)


15日(土)
芽琉とうさん退院(早いってば[exclamation]
病院の場所(駐車場)も分かったし、M姉ちゃんがお休みだったので、
二人で車でお迎え[ダッシュ(走り出すさま)]
10時までに来て欲しいと言うことだったので、
その時間に行ったけど・・・
先生の診察待ちで1時間くらいずれた[ちっ(怒った顔)]

実はこの病院、病棟がたくさんあるうえに工事中だったり・・・
隣の病棟の2階に行くには1階まで行ってからとか、
何しろややこしくて、初日に芽琉とうさんの病室に行くにも、
〇棟〇階の〇〇〇号室は分かっているのに
たどり着くのにすごく苦労した。
手術中も1階から4階+長い廊下を何往復したことか[もうやだ~(悲しい顔)]

それで、退院の会計も・・・
土曜日だから急患用の窓口でと言われたけど、
これがまた
別の病棟で、何処にあるかも分かりにくい・・・
ようやく支払い終了して駐車場へ
なのですが、
せっかく入院している病棟の出入り口近くに車を止めておいたのに、
支払いをした場所から駐車場へは外をぐるっと回って行くことに。

病院へは3日間行ったけど、病院内で歩いた距離が半端ないよぉ~[もうやだ~(悲しい顔)]

取りあえず、無事退院で良かった~もつかの間・・・
芽琉とうさんの叔父さんが亡くなったと。


16日(日)
P.M7:00~お通夜
芽琉とうさんは手術の関係でしばらく運転は無理なので、私が運転手。


17日(月)
A.M11:00~告別式。

8時半にM姉ちゃんを会社に送って行き、
帰って来てから着替えて出発[ダッシュ(走り出すさま)]
芽琉とうさんの父母を迎えに行ってから葬儀場へ。
往復の運転+葬儀場~火葬場~お寺~葬儀場。

家に帰って来れたのは6時[あせあせ(飛び散る汗)]
この日M姉ちゃんは友達と夕飯を約束していたので、帰宅が遅い。
帰ってすぐに芽琉とお散歩へ。

ま~、ほんと疲れた。。
私の足と腰の痛みも最高レベルに[もうやだ~(悲しい顔)]

芽琉もお留守番がたくさんになってしまった6日間だったね。

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地震のあった日・・・ [管理人+家族のこと]

3月11日 午後2時46分 東日本大震災発生

日本列島の半分以上が揺れたのでは?

最大規模の揺れと予想をはるかに超えた大津波・・・
こんな記録の更新なんか必要ない!

被災地のみなさまには、心からお見舞い申し上げます。
そして、1日でも早く心の休まるときが来ますように願ってやみません・・・



地震の日、私は川崎でランチの予定だったけど、お相手のRママさんが熱を出し中止に。
だからいつものように昼前に実家へ行き、じいちゃんばあちゃんと食事をして、
1時半過ぎに家に帰ってきました。

娘たちは、夕方東京で行われるコンサートを見るために出掛けていて、
夕飯は芽琉とうさんと二人だけだから、簡単なおかずでもよかったのですが、
ビーフシチュー用のお肉があったので、早めに圧力鍋でお肉を煮込んでました。
お肉を煮込んでる間に実家からもらってきた茎ワカメを刻んで煮つけも完成。

お肉の加圧も終わり自然冷却中だったので、パソコンをしていると、
カタカタカタと小刻みな揺れを感じたので、地震?と思いテレビスイッチを入れました。
しかし、スイッチを入れた途端プチっとテレビが消え、同時にパソコンも消えた!
あれ~?スイッチ入れた途端だったからブレーカーが落ちた?(今までそんなことないけど)

その時は揺れを感じていなかったので、洗面所にあるブレーカーを見に行ったのです。
すると、さっきのカタカタではなくガタガタという音と揺れを感じ、
廊下で座って揺れが収まるのを待つことにしたのですが、長かったな~。
私の後をつけて芽琉もその場に来ていたので、
玄関にあったリードを付けて、とにかく揺れが収まるまで芽琉を手元に引き寄せてました。

結局落下物もなかったので、こちらの揺れはそれほど大きくなかったようですが、
廊下の階段下にいたから2階で何かがゆっさゆっさ揺れる音がして、
このまま続いたら家が潰れるんじゃないかと思い怖かった。
考えてみたら、その時私は芽琉にすがっていたかも(一人って本当に心細いものですね)

揺れが収まり、逃げ道確保・・・
玄関を開けて芽琉と一緒にちょっと外に出てみたら、
お散歩に連れて行ってもらえると勘違いされました。。
(こんな時にお散歩行きませんよ!)

大きそうな地震だけど、いったい何処が震源でどのくらいの地震だったのか?
情報が欲しいけど、すぐに復旧すると思っていた電気が点かない・・・

ラジオ、ラジオ!

うちには非常用の手動充電のラジオ付き懐中電灯があって、
それが小さなボックスになっていて水1本(500ml)と乾パン1缶・缶詰2缶入っています。

110319ラジオ付きボックス.JPG
↑これを取り出し、ハンドルを回してラジオをつけてみた・・・

どうやら震源は東北地方らしい、ラジオの放送局は東京。
東京はここよりも揺れがひどかったみたいだ。
東京にいる娘たちは大丈夫か???

実家では、じいちゃんは整形で足のリハビリを受けるために出掛けている時間だから、
認知症のばあちゃんが一人ぼっちだぞ!!!

停電だから実家の電話は通じない・・・
じいちゃんの携帯にかけたけど、呼び出し音はするけど出ない(持っていってないのかも?)

M姉ちゃんの携帯にかけてみたら、運良くつながった!
「凄く揺れたけど、私たちは大丈夫」と言っていたので、一安心。
この時点では東北がそれほどまでに酷い状態になっているなんて知りませんでした。

少ししたら、もう1回大きめの揺れが!

ラジオからは、続々と被害状況が・・・
東京の九段会館で天井が崩れて怪我人が出てる って、
えっ!? 娘たち、確か九段下という駅で降りたはず、近いんじゃないの!?

この段階で電話のつながりが悪くなったので、メールを送った。
(後で聞いたら、やっぱり九段会館のすぐ近くにいて、中から袴を着た人たちが泣きながら出てきたり、
救急車や消防車も来ていたそうですが、その時はそんな酷いことになってるとは知らなかったそうです)

実家の様子(停電中・連絡がついてない)を伝えるために姉にもメールを送ったら、姉から電話がきた。
姉の会社は同じ市内だけど停電はしてないそうなので、会社で携帯の充電をしておくと言っていた。

姉との電話を切って少ししたら、じいちゃんから電話がきて、
「停電でリハビリの機械が動かないから帰ってきた」って、
(オイオイ、機械が動かないじゃなくて一人でいるばあちゃんの心配してよぉ!)
まあ、二人とも何事もなかったようなので良かった。(姉にもメールで報告)

芽琉とうさんからも頻繁に家族宛ての一斉送信でメールが来てたけど、
停電中で携帯の電池も貴重だから、ぼちぼち返信。

娘たちが楽しみにしていたコンサートだけど(アリーナの2列目だったからね)、
中止が決まったけど、電車が動いてない。
とにかく二人が離れないようにして危なくないところで電車復旧を待って とメール。

だけど、電車は復旧の見込みなし(停電で安全確認ができなかったからだそうです)
姉は同じ方向へ帰る人の車で自宅まで送ってもらえたそうで実家に帰れた。
芽琉とうさんは職場宿泊決定。
娘たちの為に職場のパソコンを使ってホテルを探してくれていました・・・

M姉ちゃんから6時過ぎに来たメールでは、ファミレスに入れたので食事中とのこと。
夜の連ドラの録画なんか依頼してきた。
(この時はホテルに泊まって翌日帰ればいいから~と余裕だったのです)
でも、こっちは停電中、それに地震の特番でドラマの放送なんかするわけないよ!

その後娘たちは、ホテルが取れないと判り、暫くはファミレスにいたけど避難場所へ移動することに・・・
1度間違った情報により避難場所ではないところに行ってしまったそうで、
実際の避難場所まで結構掛ってしまい、着いたと言う連絡は10時半ごろでした。
11時前にY姉ちゃんの携帯は電池切れ、M姉ちゃんの携帯も電池の残りわずか・・・
(無事で避難所にいることが判ったから、後は帰って来れればそれでいい!)

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退院しました! [管理人+家族のこと]

じいちゃん、昨日の午前中に無事退院しました~
って、早くな~い!?[目]

そりゃ~、術後10日から2週間で退院とは聞いていましたが・・・
年齢が年齢でしょ・・・
内心2週間以上掛かるのでは、なんて思っていたのですが、
バッチリ術後10日で退院してきました!

点滴が外れたのが、確か術後1週間で、病院で出る食事だってまだお粥状態。
抜糸だって、下の方がまだ乾いてないからと言うことで、上半分を先にして、
下の方の抜糸がやっと出来たばかりなのに・・・

今時の病院って、そう言うモノなんですね。。(ビックリです)
じいちゃんの自慢話が一つ増えたかなぁ~(笑)


退院の前日は、たまたま横須賀花火大会で、
病院の窓越しにみんなで花火見物をしたそうです。
じいちゃんは、「私の退院祝いだ!」と言っていました(笑)


無事退院したとはいえ、当分は自宅療養。
今日は、昼前に実家に行って一緒にお昼を食べて、
夕飯のおかずを少し作って帰ってきました。

明日は私がパートの日なので行かれませんが、
今週はこんな生活が続くのかなぁ~
来週1週間は姉が夏休み

再来週は・・・
じいちゃんがもう少し元気になるまでは、通わないとね!!



久しぶりに体重計に乗ったら・・・
なかなか減らなかった体重が減っていました[手(チョキ)]
今までいかに動いてなかったのか、、これで解りました[わーい(嬉しい顔)]
あと1Kg減って欲しいかも(笑)
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じいちゃんの手術+その後 [管理人+家族のこと]

先週の木曜日、予定通りじいちゃん手術が行われました。
当日私はパートで病院には行けず、
ただただ手術終了の連絡を待つのみ。

8時半からの手術で、諸々の処置全て完了するまで午前中いっぱい掛かるでしょう
と言われていました。
12時少し過ぎに姉からメールが来たので、終わったのかと思いきや・・・
「まだ手術室から出てきません」だって。。
それから程なくして終了したらしく、12時45分くらいに電話が来て、
「無事手術が終わり、先生からの説明を受けた」とのこと、一安心しました。

私の仕事は7時まで、病院の面会は8時まで・・・
仕事が終わってから行けば、30分くらいは病院にいられる
と思っていたのですが、夕方姉から電話で、
「わりと意識もしっかりしてるから、今日は来なくて大丈夫だよ」と言われ、
ならば、真っ直ぐ家に帰るつもりでいたのですが・・・

お店を閉めるギリギリまで迷って、結局病院へ・・・

手術直後なので、じいちゃんはナース室横のリカバリー室。
入っていったら、姉と従兄弟がいて、なんだか神妙になってる!?
少し前まで元気だったが、何やら不安が押し寄せてきたらしく、
一人になるのが怖くなってしまったようなんです。
(病状が悪化したわけではなく、本人の意識の問題)

麻酔が切れたのと痛み止めのモルヒネの影響と思われるのですが、
本人、目もかすんで見え方がおかしいらしいのですが、
目を閉じるのも怖いらしいのです。
このまま頭がおかしくなってしまうのではないか・・・
そんな不安が押し寄せてきてるとか・・・
手術前に何かの本を見たら、麻酔による後遺症が書いてあって、、
「本にそんなことが書いてあった」と。
(オイオイ、どんなお勉強をしちゃったんだか。。)
(そんなことを考えられるなら、多分大丈夫だと思うのですが!)

少ししたら、ちょうど手術を担当してくれた先生が来たので、
先生に今の状態を話して、本人と話をしてもらい、
先生は「これだけしっかり話が出来てるから、心配ないですよ」と言ってくれた。
それで少しだけ安心したようですが、やはり一人になるのは不安らしい。

その後、夜を担当する看護士さんが来たので、看護士さんにも話をしたら、
「横のナース室にいるので何かあったら、いつでもコールしてください」
「痛み止めや眠り薬も足しますから、大丈夫ですよ」と言ってくれて、
より安心してくれたようだったので、8時も過ぎたことだし、
朝から付きっきりの姉は従兄弟と一緒に帰って貰いました。

8時半くらいに、さっきの看護士さんが検温に来て、
痛み止めや眠る薬を足してくれたら、すぐにうとうと・・・
これなら私も帰れるかなぁ~ と思ったのですが、
10分くらいで目を覚まし、やっぱり見え方とか気持ちが変だと訴える。
だけど数分経つと、またうとうと・・・
そして10分くらいでまた目を覚まし、ベッドの角度が変とか・・・
でも、先生が付き添いは要らないと言っていたし、
9時過ぎに1度目を冷ましたときに「私ももう少ししたら帰るよ」と言ったら、
「いいよ」と言ってくれたので、9時半くらいに病室を出ました。


翌日(金曜日)は、面会時間外だけど朝9時に病院へ行ってみたら、
酸素マスクや心電図用の器具が外されていて、本人も夕べより元気そう。
「眠れた?」と聞いたら、「ぐっすりは眠れなくて、朝が来るのが遅かった」って、
「1度目が覚めて。朝かと思って時間を聞いたら12時で、
もう1度目が覚めて時間を聞いたら4時半だった」とか・・・
まあ、前日は麻酔で寝てたのと夜9時前からうとうとしてたんだから、仕方ないよね。

少ししたら先生の回診(傷口の消毒)。
廊下で待っていて、終わったので入っていったら、
鼻のチューブと尿の管も外されていたので、かなり楽になった様子。
それから少しして、今度は看護士さんが来て、
「体を拭いて着替えをし、その後自力歩行で一般病棟に移ります」と言うことで、
ミーティングルームで待つように言われ、待っていました。
しばらくして看護士さんが呼びに来てくれて、病室に行ったら、
じいちゃんは自分で歩けたので、結構気分も良くなた様子。

夕べの状態をじいちゃんが話してくれたのですが、
ベッドの上で目を開けると、角度が90度傾いて見えたそうで、
寝ている自分がベッドの上に座っていて、天井が壁に見えて、
ベッドの横に座ってる私が寝ているように見えてたそうなんです。
それで、自分の頭の中がおかしくなってるように思えたとか・・・
なるほどね~~~ 薬の影響って、いろいろあるんですね!

自分で歩けたことで、気持ちもかなり楽になった様子。
ただ、たまに天井が動いているように見えるとか・・・
(ちょっとした貧血の症状かなぁ~)
痛み止めが効いてるらしく、普段から痛い膝も痛くないんだって!
この日は2時くらいまでいて、その間に2回自分で歩いてトイレにも行きました。

じいちゃんたら・・・
夕べあんな様子だったのに、奥のベッドの人がこの日手術に行くとき、
じいちゃんの横を通ったら「頑張ってきなさいよ!」なんて声を掛けてるの(笑)

この日、手術翌日と言うことで姉は会社をお休みしていました。
だから、ばあちゃんのことは姉がしてくれるので、私は実家には行きませんでした。


土曜日は兄たちがじいちゃんのお見舞いに行って、実家に泊まると言うので、
私は病院も実家にも行かず。
午前中は、Y姉ちゃんが自動車教習所へ通うための入校の手続きに同行。
午後は、久しぶりにのんびり~~ 夕飯も外食にしちゃった!


日曜日は、3時半過ぎに芽琉とうさん・M姉ちゃんと一緒にお見舞いへ・・・
そしたら、実家からばあちゃん・兄2人・姉も病院に行っていたので、
病院で旧家族(+α)全員勢揃い(笑)

この日は、痛み止めの点滴が外されていたので、
時々痛みがあるのと、じいちゃんは元々皮膚が弱いため、
器具を装着されてた部分や背中にかぶれの様な湿疹が出来てしまい、
その痒みで少し辛そうでした。
でも、ガスが出たので術後の状態は一歩前進です。
思った以上に順調に回復中・・・
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■告知■ [管理人+家族のこと]


先月、色々と精密検査を受けてた父・・・
今日は、その検査結果を聞く日でした。

結果は、大腸癌

たまたま掛かり付けの病院で検便を勧められ、
その時微量の血が混じっていたそうで、
総合病院での精密検査となったのですが、
本人、自覚症状は何もないので、
「癌の疑い」と言われていても
結果は「大丈夫でした」を期待していたみたい。

先月、絶食の必要な検査を3回くらいさせられ、
父は「検査だけでも疲れるし、予約で行っても待つ時間が長いから
待ってる間に具合が悪くなりそうだ」と言っていました。
当初、「癌だとしても、もう年だから手術はしない」
とも言っていたのですが・・・

今年の11月で87歳。
内科の診察をした先生は、
「一人でちゃんと診察にも来られるし、年齢のわりに元気そう」
と言っていましたが、手術に耐えられるか、
今度は外科に関する検査をするみたいです。
ちょっとショックを受けてる父。
気持ちまで病気にならないと良いけど。。

来週また詳しい話を聞いてきます。



先週の木曜日、私にも告知が・・・

今パートをしている所の社長が来て、
「8月いっぱいでこの店舗を閉鎖します」とのこと。

9月から、プ~さんになりま~す(笑)

本店は営業を続けるのですが、
私が居る所は支店で、石油高騰の煽りを受け、
閉店せざるを得ない状況なんだそうです。

約8年半、私の時給は1回も値上げすることなく、
県のパートの最低賃金にも満たない金額でしたが、
家族経営で、実情が分かるだけに何も言わずに働いてました。
売上が下がっているのも、切実と身に凍みて分かっていました。

毎月4・5万程の給料ですが、無くなるとちょっと寂しいかなぁ~

父の病気のこともあるし、9月からは週2回くらい実家へ通うことにしようと思います。


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雨・・・ そして、寒い [管理人+家族のこと]

今日は、Y姉ちゃんの学校へ行って来ました。
夏の終わりに参加するセミナーの第1回説明会だったのですが、
朝から、おまけに寒~い[バッド(下向き矢印)]
入学式も春の嵐の中だったんだよね。。

Y姉ちゃんが生まれた日は、その年の梅雨入りでした。
やっぱり雨の日に生まれた人は、雨男や雨女になるのか[目]

今日は寒いと[TV]の天気予報で盛んに言ってたので、
七部のTシャツの上にデニムの上着を着て行ったけど、
それでも寒かった[ふらふら]
家に帰ってからも寒いので、またまたファンヒーターつけちゃったよ。

明日から6月だって言うのに・・・


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